在宅医療の事例紹介(個人宅)2026/10/06
通院負担の増加を契機に、将来の身体機能低下を見据えて支援体制を強化した脊髄小脳変性症患者の事例
要点サマリー
脊髄小脳変性症により歩行能力が徐々に低下していた66歳独居女性に対し、身体的な通院負担とタクシー利用による経済的負担を契機として訪問診療を導入した事例である。本人は住み慣れた自宅での生活継続を希望していたが、疾患の進行に伴うふらつきや転倒リスクが高まり、別居する長男による日常的な支援にも限界があった。訪問診療・訪問看護・ケアマネジャーが連携して身体機能や生活状況を継続的に評価するとともに、身体障害者手帳の申請を含め、今後利用できる支援制度について検討した。ケアマネジャーにとっては、現在の要介護度だけでなく進行性疾患の将来的な変化を見据え、医療・介護・福祉を横断して支援の選択肢を準備しておくことが重要となる症例である。
基本情報
年齢・性別:66歳・女性
居住地:名古屋市内
世帯構成:独居
キーパーソン:長男(別居)
保険・福祉情報
医療保険:健康保険
介護保険:要介護1
身体障害者手帳:肢体不自由による新規申請を検討
現在の介護保険サービスに加え、今後の身体機能低下を見据えて利用可能な福祉制度について検討しながら支援体制を整えた。
診断名
・脊髄小脳変性症
・高血圧症
・骨粗鬆症
導入の背景
脊髄小脳変性症に対して定期的な外来通院を継続していたが、疾患の進行に伴って歩行時のふらつきが強くなり、外出そのものに不安を感じるようになっていた。
以前は公共交通機関も利用していたが、駅までの移動や乗り換えが難しくなり、徐々にタクシーによる通院が増えていた。その結果、通院に伴う経済的負担も大きくなっていた。
本人は可能な限り自宅で生活を続けることを希望しており、施設入所は望んでいなかった。一方、独居であることから、転倒時の対応、買い物や掃除、服薬管理など、身体機能がさらに低下した場合の生活についても課題が予想された。
別居する長男は定期的に連絡を取っていたものの、就労しており、日常的な介助や通院同行を継続することには限界があった。
ケアマネジャーからも、進行性疾患であることを踏まえると、現在の介護保険サービスだけでは今後十分な支援量を確保できなくなる可能性があるとの相談があった。
そこで、通院に伴う身体的・経済的負担を軽減するとともに、身体機能の変化を継続的に評価しながら今後の生活支援を検討する目的で訪問診療を導入した。
介入内容と経過
訪問診療開始後は、脊髄小脳変性症による歩行障害、ふらつき、立位・移動能力などを継続的に評価した。
本人は屋内では壁や家具につかまりながら移動し、屋外では歩行器を使用していた。自分でできることは可能な限り続けたいという思いが強く、必要以上に介助されることには抵抗感がみられた。
その後、自宅内でトイレへ移動する途中にバランスを崩して転倒する出来事があった。大きな外傷はなかったものの、本人は長男に心配をかけたくないという理由から、転倒したことを伝えていなかった。
この出来事を契機に、本人の自立したいという思いを尊重しながらも、独居生活に伴う転倒リスクへの対策を強化する必要があることを多職種で共有した。
訪問診療、訪問看護、ケアマネジャーが連携し、歩行状態、自宅内の動線、転倒状況などを確認した。福祉用具についても見直し、本人が受け入れられる範囲で手すりや歩行補助具などを活用する方針とした。
訪問看護では、バイタルサインだけでなく、歩行や日常生活動作の変化、転倒の有無、本人が日常生活で困っていることなども確認し、疾患進行を示す小さな変化を多職種で共有する体制を整えた。
また、今後さらに身体機能が低下する可能性を踏まえ、身体障害者手帳の申請について本人・長男へ説明した。本人には、制度を利用すること自体を目的とするのではなく、将来必要な支援を選択できるよう準備しておくためのものとして説明し、身体状況を評価しながら申請に向けた準備を進めた。
医療対応の詳細
主病
脊髄小脳変性症
対応内容
・疾患の進行状況および身体機能の評価
・歩行状態、ふらつき、立位能力の確認
・転倒リスクおよび転倒歴の確認
・ADL、IADLの変化の把握
・服薬状況の確認
・転倒後の外傷や身体状態の評価
・自宅内の動線および生活状況の確認
・訪問看護との身体機能・生活状況の共有
・ケアマネジャーとの支援方針の共有
・別居する長男への状態変化の情報共有
・身体障害者手帳申請に向けた身体機能の評価
・今後の身体機能低下を見据えた支援体制の検討
医療処置
該当なし
支援のポイント
・通院困難の背景には、身体的負担だけでなく交通費などの経済的負担がないかも確認する
・進行性疾患では、現在のADLだけでなく今後生じる可能性のある生活上の課題を予測する
・独居では、転倒などが生じても本人が家族や支援者へ伝えない可能性を考慮する
・本人の自立意識を尊重し、支援を一方的に増やすのではなく受け入れられる範囲から環境を調整する
・転倒予防では身体機能だけでなく、自宅内の動線や福祉用具についても評価する
・別居家族による支援だけに依存せず、訪問看護や介護サービスを含めた見守り体制を構築する
・状態がさらに悪化してから制度を探すのではなく、利用可能な福祉制度について早期から情報を整理する
考察
本症例は、脊髄小脳変性症による身体機能低下に加え、タクシーによる通院費用の増加が訪問診療導入の契機となった事例である。
医療機関への通院が難しくなる背景は、医学的な重症度だけではない。歩行能力、交通手段、経済的負担、家族による同行の可否などが重なることで、必要な医療を継続することが難しくなる場合がある。本症例では、訪問診療へ移行することで通院負担を軽減すると同時に、自宅での身体機能や生活状況を継続して把握できるようになった。
また、脊髄小脳変性症は進行性疾患であり、現在の要介護度や生活状況だけを基準として支援を組み立てると、身体機能が低下した段階で支援が追いつかなくなる可能性がある。今後どのような生活行為が難しくなる可能性があるのかを予測し、利用できる制度や支援について事前に整理しておくことが重要である。
一方、本人にはできる限り他者の手を借りず、自宅で生活したいという思いがあった。その希望を尊重することは、支援を入れないことと同義ではない。本人が現在できていることを残しながら、転倒リスクの高い部分や将来支援が必要になる部分について選択肢を準備することが、自立した生活を長く維持することにつながる。
ケアマネジャーにとっては、「今困っていること」への対応だけでなく、「今後何が難しくなる可能性があるか」を医療職と共有する視点が重要である。訪問診療を通院の代替としてだけではなく、進行性疾患の変化を把握し、医療・介護・福祉を横断した支援体制を早期から整える起点として活用することが求められる。
付記情報
・診療科:内科、脳神経内科
・病態・症状:その他
・世帯構成:独居