在宅医療の事例紹介(個人宅)2026/09/28
本人への病名説明をめぐる家族の葛藤に寄り添いながら、在宅緩和ケアを継続した肺がん終末期の事例
要点サマリー
右肺腺がん、がん性胸水、慢性心不全を有する85歳女性に対し、積極的な抗がん治療が困難となったことから、緩和ケアを目的として訪問診療を導入した事例である。家族は本人への精神的影響を懸念し、がんであることを明確には伝えておらず、長女は病名説明のあり方について葛藤を抱えていた。在宅医療では、オピオイドや在宅酸素療法による呼吸苦・疼痛の緩和、褥瘡管理を行うとともに、本人の理解や意向を確認しながら家族との対話を継続した。ケアマネジャーにとっては、病名告知の是非だけを議論するのではなく、本人が何を知りたいと考えているのか、家族が何を不安に感じているのかを丁寧に確認し、本人らしい療養生活を支えることが重要となる症例である。
基本情報
年齢・性別:85歳・女性
居住地:名古屋市天白区
世帯構成:親子
キーパーソン:長女(別居・近隣在住)
保険・福祉情報
医療保険:後期高齢者医療保険1割
介護保険:要介護3
診断名
・右肺腺がん
・がん性胸水
・慢性心不全
・軽度認知症
導入の背景
軽度認知症と慢性心不全に対して近隣医療機関へ通院していたが、咳嗽や息切れが目立つようになり、画像検査を契機として基幹病院へ紹介された。
精査の結果、右肺腺がんとがん性胸水と診断された。高齢で全身状態も低下していたことから積極的な抗がん治療は困難と判断され、胸水貯留による呼吸苦に対して胸腔ドレナージおよび胸膜癒着術が行われた。
家族には病状や今後の見通しについて説明されていたが、本人には肺の病気であることを中心に説明され、がんであることは明確には伝えられていなかった。長女は、病名を伝えることで本人の不安を強めるのではないかと考える一方、本当にこのままでよいのかという葛藤を抱えていた。
本人は住み慣れた自宅で夫と生活することを希望しており、家族も可能な限り自宅で穏やかに過ごしてほしいと考えていた。このため、症状緩和と家族支援を目的として訪問診療を導入した。
介入内容と経過
訪問診療開始後は、呼吸状態、胸部症状、疼痛、食事摂取状況などを継続的に確認した。
呼吸苦や胸部痛に対してはオピオイドを調整し、必要に応じて在宅酸素療法を併用した。訪問看護とも連携し、全身状態の観察や褥瘡処置を行いながら、自宅での療養生活を支えた。
軽度認知症はみられたものの、本人が病状についてどのように理解しているか、何を知りたいと考えているかについては、日々の会話の中で継続的に確認した。本人から積極的に病名について尋ねる場面は多くなかったが、一律に説明を避けるのではなく、本人の反応や意向に応じて対応する方針とした。
長女は、本人へ病名を明確に伝えていないことについて迷いを抱えていたため、訪問診療医やケアマネジャーが繰り返し面談を行った。家族の不安を受け止めながら、本人にとって何を知ることが必要なのか、どのような過ごし方を大切にしたいのかを継続的に話し合った。
夫も高齢で介護への不安があったため、状態変化時に相談できる体制を整え、家族だけで判断を抱え込まないよう支援した。症状を緩和しながら、本人が希望する自宅で家族と過ごせる環境を維持した。
医療対応の詳細
主病
右肺腺がん、がん性胸水
対応内容
・呼吸状態および呼吸苦の継続的な評価
・がん性疼痛および胸部症状の評価
・オピオイドによる症状緩和
・必要時の在宅酸素療法
・食事摂取量および全身状態の確認
・訪問看護と連携した褥瘡管理
・軽度認知症を踏まえた本人の理解度の確認
・本人が病状についてどの程度知りたいかの継続的な確認
・長女を中心とした家族への病状説明と心理的支援
・夫の介護負担を踏まえた相談体制の整備
・状態変化時の相談・対応方法の共有
医療処置
・褥瘡処置
・在宅酸素療法
・オピオイドによる疼痛・呼吸苦の緩和
支援のポイント
・家族が病名告知に不安を抱えている場合は、その理由や懸念を具体的に確認する
・家族の意向だけで説明方針を固定せず、本人が病状について何を知りたいかを継続的に確認する
・軽度認知症があっても、本人の理解力や意思表示能力を一律に否定せず、その時点での理解に応じた説明を検討する
・「告知する・しない」という二択だけでなく、本人の質問や理解度に応じて段階的に説明する視点を持つ
・終末期では疼痛や呼吸苦などの症状緩和と並行して、家族の迷いや罪悪感にも対応する
・高齢の配偶者だけに介護や急変判断を委ねず、訪問診療・訪問看護へ相談できる経路を明確にする
・本人と家族の気持ちは変化する可能性があるため、療養方針や説明方法を繰り返し確認する
考察
本症例は、終末期肺がんの症状管理に加えて、本人への病名説明をめぐる家族の葛藤が大きな支援課題となった事例である。
家族が病名を明確に伝えないことを希望する背景には、本人を不安にさせたくない、穏やかに過ごしてほしいという思いがある。一方で、本人にも自分の病状について知りたい、今後のことを考えたいという希望が生じる可能性がある。そのため、家族の意向だけで説明方針を決めるのではなく、本人の理解度や質問、知りたいという意思を継続的に確認することが重要である。
また、病名説明は一度ですべてを伝えるか、全く伝えないかという二者択一ではない。本人の認知機能や心理状態、その時々の質問に応じて、必要な情報を段階的に共有する方法もある。本症例では、本人の反応を確認しながら、家族とも繰り返し話し合うことで、本人の穏やかな生活と意思の尊重の両立を目指した。
ケアマネジャーにとっては、告知の判断そのものを担うのではなく、本人・家族それぞれが何を不安に感じ、何を大切にしたいのかを整理し、医療者と共有する役割が重要である。終末期の在宅支援では、症状を緩和することだけでなく、本人と家族が納得できる形で残された時間を過ごせるよう対話を継続することが求められる。
付記情報
・診療科:内科、呼吸器内科、緩和ケア科
・病態・症状:がん、心不全、認知症
・世帯構成:親子