在宅医療の事例紹介(個人宅)2026/09/28
本人の自立意識を尊重しながら、心不全管理と家族の「見えない介護」負担を支えた訪問診療導入事例
要点サマリー
慢性心不全、慢性腎臓病、軽度認知障害を有する81歳女性に対し、通院負担の増加と家族による服薬管理・受診同行の負担を契機として訪問診療を導入した事例である。本人は「自分のことは自分でできる」と支援に消極的であった一方、実際には長男の妻が服薬確認や通院同行など多くの支援を担っていた。在宅医療では、心不全や腎機能を継続的に管理するとともに、服薬カレンダーや訪問看護を活用し、本人ができる部分を残しながら必要な支援だけを補う体制を構築した。ケアマネジャーにとっては、本人の「困っていない」という言葉だけで判断せず、家族が日常的に担っている支援量まで含めて評価することが重要となる症例である。
基本情報
年齢・性別:81歳・女性
居住地:名古屋市中村区
世帯構成:親子
キーパーソン:長男(同居)
保険・福祉情報
医療保険:後期高齢者医療保険1割
介護保険:要介護3
診断名
・慢性心不全
・慢性腎臓病
・骨粗鬆症
・腰部脊柱管狭窄症
・軽度認知障害
導入の背景
高血圧症と慢性腎臓病に対して近隣医療機関への通院を継続していたが、徐々に身体機能が低下し、下肢浮腫や息切れなど慢性心不全の症状もみられるようになった。
利尿薬の調整により症状が改善することはあったものの、外出後には強い疲労感がみられ、通院そのものが身体的負担となりつつあった。
また、軽度の認知機能低下により、服薬したかどうか分からなくなる、同じ薬を再度服用しようとするなど、服薬管理にも不安が生じていた。
一方、本人は自立心が強く、「まだ自分でできる」「病院にも自分で行ける」と話し、介助や新たなサービスの導入には消極的であった。
しかし、実際には長男の妻が日々の服薬確認を行い、通院日には予定を調整して同行するなど、家族による支援によって生活が維持されていた。本人の認識と家族が感じる介護負担との間には大きな差があった。
さらに自宅内での転倒を契機として、家族から急変時対応への不安が強く聞かれるようになった。このため、外来通院を続けることだけにこだわらず、自宅で慢性疾患管理を継続する方法として訪問診療を提案した。
本人には、病院での治療をやめるのではなく、自宅で医師の診察を受けながら現在の生活を維持する方法であることを説明し、理解を得たうえで訪問診療導入に至った。
介入内容と経過
訪問診療開始後は、血圧、呼吸状態、下肢浮腫、食事・水分摂取状況などを確認し、慢性心不全と慢性腎臓病を踏まえた全身管理を継続した。
服薬については、家族による確認だけに依存するのではなく、訪問看護やケアマネジャーとも情報を共有し、服薬カレンダーを活用することで本人自身も参加できる管理方法へ変更した。
本人が行える部分まで家族や支援者が代行すると、自立を奪われたという感覚につながる可能性があった。そのため、本人ができることは自身で行い、難しい部分のみを家族や支援者が補う方針とした。
家族にも、転倒や服薬ミスを完全に防ぐためにすべてを先回りして介助するのではなく、本人の能力を見ながら必要な場面で支えることを共有した。
訪問診療を重ねる中で、本人は自宅で診療を受けることへの抵抗感が徐々に軽減し、通院に比べて身体的な負担が少ないことを実感するようになった。
長男の妻についても、通院同行の負担が軽減しただけでなく、体調変化時に医療者へ相談できる体制が整ったことで、心理的な負担軽減につながった。
医療対応の詳細
主病
慢性心不全、慢性腎臓病
対応内容
・呼吸状態、血圧、下肢浮腫など心不全症状の評価
・体重、食事・水分摂取状況の確認
・慢性腎臓病を踏まえた内服調整
・服薬状況および重複服薬リスクの確認
・服薬カレンダーを活用した服薬支援
・転倒リスクと身体機能の評価
・軽度認知障害による生活への影響の確認
・訪問看護、ケアマネジャーとの情報共有
・家族の介護負担の把握と支援方法の調整
医療処置
該当なし
支援のポイント
・本人が「困っていない」と話していても、実際の生活が誰の支援によって成り立っているかを確認する
・通院同行、服薬確認、体調観察など、サービスとして見えにくい家族の負担を具体的に整理する
・認知機能低下がある場合は、本人の自己申告だけでなく実際の服薬状況を確認する
・本人の自立意識を否定せず、「できること」は本人に残し、難しい部分だけを支援する
・通院が完全に不可能となる前から、本人・家族双方の負担を踏まえて訪問診療を検討する
・同居家族がいても、就労状況や実際に担っている介護量を確認する
・家族が体調変化の判断を一人で抱え込まないよう、医療へ相談できる経路を明確にする
考察
本症例は、本人の自己認識としては「自立した生活を送れている」一方、実際には家族による多くの支援によって在宅生活が維持されていた事例である。
高齢者が「自分でできる」と話すことには、自立した生活を続けたいという思いや、家族へ迷惑をかけたくないという価値観が含まれている場合がある。そのため、本人の発言を単純に否定して介護サービスを増やすことは、支援そのものへの抵抗感につながる可能性がある。
一方で、本人の意思だけを優先し、家族が担っている通院同行や服薬確認などを見過ごせば、家族の負担が限界に達し、結果として在宅生活が継続できなくなる可能性もある。本症例では、本人の能力を生かしながら、家族だけに依存していた部分を訪問診療や訪問看護へ分散したことが重要であった。
ケアマネジャーにとっては、本人のADLや発言だけではなく、その生活を維持するために家族が何をしているのかを具体的に把握する必要がある。「本人の自立を守ること」と「家族の介護負担を減らすこと」を対立する課題として捉えず、本人ができることを残しながら支援を再配置する視点が重要である。
付記情報
・診療科:内科、循環器内科
・病態・症状:心不全、その他
・世帯構成:親子