在宅医療の事例紹介(個人宅)2026/09/08
心不全と認知症を有する独居高齢者に対し、早期の状態把握と本人の自立を両立しながら再入院予防を図った事例
要点サマリー
慢性心不全と認知症を有し、心不全増悪による入退院を繰り返していた82歳独居女性に対し、通院困難と再入院予防を目的として訪問診療を導入した事例である。認知機能低下により服薬や受診管理が不安定となっていたため、訪問看護、訪問介護、ケアマネジャー、別居する長女と連携し、体重、浮腫、服薬状況、食事・水分摂取などを継続的に確認する体制を構築した。導入後には体重増加と下肢浮腫を早期に把握し、在宅で薬剤調整を行うことで入院を回避した。一方、状態が安定すると本人が支援を拒否する場面もあり、自立したいという思いを尊重しながら必要な支援を継続できるよう調整した。ケアマネジャーにとっては、疾病管理だけでなく、本人の自立意識と安全性のバランスを取りながら支援量を調整することが重要となる症例である。
基本情報
年齢・性別:82歳・女性
居住地:名古屋市内
世帯構成:独居
キーパーソン:長女(別居)
保険・福祉情報
医療保険:後期高齢者医療制度、福祉給付金資格者証あり
介護保険:要介護3
診断名
・慢性心不全
・認知症
・高血圧症
・慢性腎機能障害
導入の背景
慢性心不全に対して外来通院を継続していたが、労作時の息切れや下肢浮腫が増加し、心不全増悪による入退院を繰り返すようになっていた。
入院治療によって一時的に状態は改善するものの、自宅へ戻ると服薬が不安定となり、体重増加や浮腫が再び出現することがあった。
認知症の進行に伴い、本人が服薬したかどうか分からなくなる、受診予定を忘れるといった状況も増えていた。本人には認知機能低下について十分な自覚がなく、自身では服薬や受診を問題なく行えていると認識していたが、実際には飲み忘れや飲み間違いがみられていた。
別居する長女が電話や訪問によって支援していたものの、毎日の服薬確認や体調管理を家族のみで担うことには限界があった。
本人には住み慣れた自宅で生活を続けたいという強い希望があり、長女も可能な限りその意向を尊重したいと考えていた。このため、施設入所を前提とするのではなく、独居生活を継続しながら心不全の再増悪を早期に発見できる体制を整える目的で訪問診療導入に至った。
介入内容と経過
訪問診療開始後は、心不全の病状だけでなく、認知機能、服薬管理能力、食事・水分摂取状況、買い物や金銭管理、家屋内での生活状況まで含めて評価した。
本人は屋内歩行が可能で、身の回りのことの一部は自立していたが、服薬管理や買い物、調理などには支援が必要な状態であった。
ケアマネジャーを中心に訪問看護と訪問介護を組み合わせ、本人が自分でできる部分は残しながら、必要な部分だけを支援する方針とした。
訪問看護では、血圧、脈拍、体重、浮腫、呼吸状態を確認するとともに、服薬ボックスや残薬から実際の服薬状況を把握した。本人の申告だけに頼らず、客観的な情報と合わせて状態を評価するようにした。
訪問診療導入後、体重増加と両下肢浮腫がみられた際には、本人に大きな自覚症状はなかったものの、訪問看護がそれまでの状態との変化を捉え、訪問診療へ情報共有した。臨時診察を行い、利尿薬などの薬剤調整と食事・水分摂取状況の確認を行った結果、体重と浮腫は徐々に改善し、入院を回避することができた。
一方、病状が安定すると、本人から訪問看護などのサービスを不要とする発言がみられることもあった。支援を一方的に増やすことは避け、本人が何に負担や抵抗を感じているのかを確認したうえで、訪問の目的や関わり方を調整した。
本人の「自分でできることは自分でしたい」という思いを尊重しながら、疾病管理上必要な支援を継続できる体制を整えた。
医療対応の詳細
主病
慢性心不全、認知症
対応内容
・血圧、脈拍、体重、浮腫の継続的な評価
・呼吸困難、倦怠感など心不全増悪症状の確認
・残薬や服薬ボックスを用いた服薬状況の確認
・心不全増悪時の薬剤調整
・食事および水分摂取状況の確認
・認知機能と日常生活状況の継続的な評価
・訪問看護からの状態変化の早期共有
・訪問介護と連携した生活支援
・長女への病状説明および情報共有
・心不全増悪時の相談・受診基準の共有
・認知症の進行を踏まえた独居継続可能性の評価
医療処置
該当なし
支援のポイント
・心不全では、本人の自覚症状だけでなく体重増加や浮腫など客観的な変化を継続的に確認する
・認知症がある場合は、本人の「薬を飲んでいる」という申告だけに頼らず、残薬や服薬ボックスを確認する
・独居患者では、服薬、食事、水分摂取などの疾病管理を本人だけに委ねない
・別居家族だけに見守りを依存せず、訪問看護や訪問介護を組み合わせる
・本人ができる生活行為は維持し、必要な部分だけを支援する
・サービス拒否がみられた場合は、認知症を理由に判断せず、本人が何に抵抗を感じているのかを確認する
・状態が安定している時期から、認知症進行や心不全再増悪を見据えて今後の独居継続について家族・多職種で共有する
考察
本症例は、慢性心不全による入退院を繰り返す独居高齢者に対し、認知症による自己管理能力低下を踏まえて訪問診療を導入した事例である。
心不全の在宅管理では、体重、服薬、食事、水分摂取など日常的な自己管理が重要となる。しかし、認知症を併存する場合、本人の記憶や自覚だけに依存した管理には限界がある。本症例では、本人が体調変化を感じていない段階で訪問看護が体重増加と浮腫を把握し、早期に薬剤調整へつなげたことで入院を回避することができた。
一方、再入院を防ぐために支援を増やせばよいとは限らない。本人には、自宅で自立して生活しているという意識があり、訪問サービスが増えることを生活への干渉と感じる場面もあった。安全性を優先するあまり本人の意向を軽視すれば、サービスそのものへの拒否につながり、結果的に必要な支援まで途切れる可能性がある。
そのため、ケアマネジャーには「本人ができること」と「支援がなければ維持できないこと」を具体的に整理し、本人の残存能力を生かしながら必要最小限の支援から継続する視点が求められる。
また、独居かつ認知症を有する場合には、現在の心不全管理だけでなく、今後の服薬、食事、金銭管理など生活全般の変化を予測しておく必要がある。入院回避そのものを目的とするのではなく、本人が望む自宅生活を安全に継続できる期間を延ばすという視点で、医療と介護が段階的に支援体制を調整することが重要である。
付記情報
・診療科:内科、循環器内科
・病態・症状:心不全、認知症
・世帯構成:独居