在宅医療の事例紹介(個人宅)2026/10/06
本人の治療負担を減らしたいという意思と家族の葛藤に寄り添いながら、療養方針を調整した事例
要点サマリー
慢性腎臓病と重症大動脈弁狭窄症を有する82歳女性に対し、入院後の著しい体力低下と通院負担を踏まえて訪問診療を導入した事例である。本人は「できるだけ家で静かに過ごしたい」「これ以上負担の大きいことはしたくない」という意向を示していた一方、夫や娘たちは、本人の希望を尊重したい気持ちと「まだ何かできるのではないか」という思いの間で揺れていた。在宅療養では、本人の負担を考慮して検査や治療を必要な範囲に調整するとともに、食事量や全身状態の低下に伴って本人・家族・多職種で療養方針を繰り返し確認した。最終的には病状悪化により入院となり、本人の意向を踏まえて苦痛緩和を中心とした療養が行われ、家族に見守られながら病院で永眠した。ケアマネジャーにとっては、本人の意思を中心に据えながら、家族がその選択を受け止めるための時間と対話を支えることの重要性を示す症例である。
基本情報
年齢・性別:82歳・女性
居住地:名古屋市中川区
世帯構成:夫婦のみ
キーパーソン:夫(同居)
保険・福祉情報
医療保険:後期高齢者医療保険1割
介護保険:要介護3、負担割合1割
診断名
・慢性腎臓病
・重症大動脈弁狭窄症
・骨粗鬆症
・慢性貧血
・低栄養
導入の背景
慢性腎臓病や重症大動脈弁狭窄症を背景に、徐々に疲れやすさや息切れがみられるようになり、自宅内での移動や家事にも夫の支援を必要とするようになっていた。
その後、強い倦怠感と食欲不振、身体機能低下のため入院となった。急性期治療によって状態は一定程度落ち着いたものの、著しい筋力低下が残り、以前と同じ生活へ戻ることは難しい状況であった。
本人は入院中から、繰り返し通院や検査を受けることへの負担感を訴え、可能な限り自宅で穏やかに過ごしたいという意向を示していた。また、家族に介護負担をかけたくないという思いも強かった。
夫は本人の希望を尊重したいと考えていたものの、自身も高齢であり、日常生活の介助や急変時の対応に不安を抱えていた。長女は本人の希望を支持する一方、遠方に住む次女には自宅療養への不安もあり、家族それぞれで病状の受け止め方に違いがみられた。
そこで、通院負担を軽減しながら自宅で病状を確認し、本人・家族と療養方針について継続的に話し合える体制を整える目的で訪問診療を導入した。
介入内容と経過
訪問診療開始後は、呼吸状態、倦怠感、食事・水分摂取状況、活動量などを確認し、慢性腎臓病と重症大動脈弁狭窄症を踏まえながら全身状態を継続的に評価した。
服薬については、本人の身体状況や治療負担を考慮し、必要性を確認しながら整理した。検査についても、実施することによる負担と、その結果によって得られる利益を考慮しながら必要な範囲で行う方針とした。
自宅での療養が進むにつれて、食事量や活動量は徐々に低下した。夫は少しでも食べてもらいたい、体を動かしてもらいたいという思いから本人へ声をかけていたが、本人は無理をしてまで食事や活動を続けることを望んでいなかった。
本人と夫の思いにずれがみられた際には、ケアマネジャー、訪問診療、訪問看護が情報を共有し、本人の現在の状態と今後予測される変化について家族へ説明する機会を設けた。
全身状態がさらに低下した段階では、追加の医療的介入について本人・家族と話し合った。本人は身体への負担が大きい処置を希望せず、できるだけ自然な経過を望む意思を示した。
夫をはじめとする家族には、本人の意向を尊重したい気持ちがある一方、状態悪化を前に「何かできることがあるのではないか」という葛藤もみられた。そのため、一度の話し合いで結論を求めるのではなく、本人の意思を繰り返し確認しながら、家族の不安についても多職種で共有した。
その後、病状悪化のため家族と相談のうえ入院となった。入院後も本人は身体的負担の大きい処置を希望せず、苦痛の緩和を中心とした療養を選択し、最期は家族に見守られながら病院で永眠した。
医療対応の詳細
主病
慢性腎臓病、重症大動脈弁狭窄症
対応内容
・呼吸状態および息切れの評価
・倦怠感、活動量の確認
・食事・水分摂取量および栄養状態の評価
・慢性腎臓病を踏まえた全身状態の管理
・服薬内容および治療負担の見直し
・本人の負担と期待される効果を踏まえた検査の検討
・本人の療養に関する意向の継続的な確認
・夫を中心とした家族への病状説明
・家族間の療養方針に対する認識の共有
・訪問看護、ケアマネジャーとの情報共有
・病状悪化時の療養場所や治療方針の検討
医療処置
該当なし
支援のポイント
・本人が治療や通院を望まない場合は、医療そのものの拒否と捉えず、身体的負担や本人が大切にしていることを確認する
・「自宅で過ごしたい」という希望だけでなく、家族に負担をかけたくないという思いが含まれていないかを確認する
・本人の状態悪化に伴って家族が「何かしてあげたい」と感じることを自然な反応として受け止める
・本人の意思を家族へ一方的に伝えるだけでなく、家族が抱える不安や迷いを確認する
・同じ家族でも病状を受け止める速度や療養方針への考え方が異なることを前提に調整する
・療養方針は一度決めて固定するのではなく、本人の状態や気持ちの変化に応じて繰り返し確認する
・医療的な判断をケアマネジャーだけで抱えず、訪問診療・訪問看護へつなぎながら本人と家族の意思決定を支える
考察
本症例は、本人が身体への負担が大きい治療を望まず、自宅で穏やかに過ごしたいという意思を示す一方、家族がその選択を受け止めるまでに時間を要した事例である。
本人の意思を尊重することは重要であるが、終末期に近づくにつれて食事量や活動量が低下する姿を目の当たりにすると、家族が「もっと食べてもらいたい」「まだ何かできるのではないか」と考えることは少なくない。こうした思いを本人の意思に反するものとして否定するのではなく、本人を大切に思う気持ちとして受け止めながら対話を続ける必要がある。
また、家族間でも病状の受け止め方や療養に対する考え方は異なる。日常的に本人と生活する夫と、別居・遠方にいる娘では、本人の変化に対する実感も異なり得る。そのため、家族の意見を無理に一つにまとめることよりも、本人が大切にしていることを中心に、それぞれの不安や疑問を共有することが重要である。
本症例では在宅療養を開始したものの、最終的には病状悪化により入院となった。在宅療養を選択したことを自宅看取りまで継続しなければならないと考えるのではなく、本人・家族の状態や希望に応じて療養場所を変更する柔軟性も必要である。
ケアマネジャーにとっては、本人の希望を代弁するだけでなく、家族がその希望を理解し、受け止めていく過程を支える役割も重要となる。本人の意思を中心に据えながら、医療・介護職が繰り返し情報を共有し、本人と家族双方が納得できる療養方法をその都度検討していくことが求められる。
付記情報
・診療科:内科、循環器内科
・病態・症状:その他
・世帯構成:夫婦のみ