在宅医療の事例紹介(個人宅)2026/09/04
経済的不安と通院困難が重なる独居高齢者に対し、生活背景を踏まえて訪問診療を導入した事例
要点サマリー
慢性心不全、慢性腎臓病などを有する75歳独居女性に対し、身体機能低下による通院困難と医療費への不安を背景として訪問診療を導入した事例である。本人は医療そのものを拒否していたわけではなく、通院の身体的負担、交通費や医療費への不安、家族へ負担をかけたくないという思いが重なり、必要な受診から遠ざかっていた。訪問診療では心不全症状や栄養・水分摂取状況を在宅で継続的に評価するとともに、利用可能な公的制度についても確認し、医療と生活の両面から支援した。ケアマネジャーにとっては、「受診拒否」という表面的な行動だけで判断せず、その背景にある身体的・家族的・経済的な障壁を整理し、本人が医療を受けられる方法を多職種で検討することが重要となる症例である。
基本情報
年齢・性別:75歳・女性
居住地:名古屋市港区
世帯構成:独居
キーパーソン:長女(別居・名古屋市内在住)
保険・福祉情報
医療保険:後期高齢者医療保険2割
介護保険:要介護3
診断名
・慢性心不全
・慢性腎臓病
・骨粗鬆症
・変形性膝関節症
・低栄養
・貧血
導入の背景
夫との死別後も独居生活を継続し、身の回りのことは可能な限り自身で行っていた。本人は人に頼ることへの抵抗感があり、家族にもできるだけ負担をかけずに生活したいという思いを持っていた。
慢性心不全や慢性腎臓病のため定期的な医療管理が必要であったが、徐々に足腰が弱くなり、息切れや下肢浮腫もみられるようになった。外来へ行く際には途中で何度も休憩が必要となり、通院そのものが大きな身体的負担となっていた。
長女は受診同行を行っていたものの、就労や家庭の事情から毎回対応することは難しかった。そのため、本人は体調が悪い場合にも受診を先延ばしにすることが増えていた。
さらに、食事摂取量の低下、下肢浮腫の増悪、歩行速度の低下などがみられたため、家族から受診を勧められたが、本人は交通費や診療費、薬剤費などへの不安を理由に受診をためらっていた。
医療的な評価が必要である一方、通院負担、家族の支援可能性、経済的不安が重なっていたため、これらを一体的に整理し、自宅で医療を受けられる方法として訪問診療を提案した。本人からも自宅で診察を受けられるのであれば利用したいとの意向が得られ、費用面について利用可能な制度を確認しながら訪問診療を開始することとなった。
介入内容と経過
訪問診療開始後は、呼吸状態、血圧、体重、下肢浮腫などを継続的に確認し、慢性心不全や慢性腎臓病の病状管理を行った。
また、自宅で診療することで、食事量や水分摂取量、服薬状況、室内での活動状況など、外来診療だけでは把握しにくかった生活実態についても評価できるようになった。
低栄養や脱水のリスクについても確認し、必要に応じて訪問看護や介護サービスと情報共有を行いながら支援内容を調整した。
家族については、長女が本人を心配していても、就労のため急な受診や毎回の通院同行には対応できないことを前提として支援体制を検討した。訪問診療導入後は、体調変化について医療者へ相談できる経路ができたことで、家族だけで受診の必要性を判断する負担も軽減された。
また、本人が経済的な理由のみで必要な医療を断念することがないよう、利用可能な公的制度や助成について関係者と確認しながら支援を継続した。
医療対応の詳細
主病
慢性心不全、慢性腎臓病
対応内容
・心不全症状および呼吸状態の継続的な評価
・血圧、体重、下肢浮腫の確認
・慢性腎臓病を踏まえた全身状態の管理
・食事摂取量、水分摂取量、栄養状態の評価
・服薬状況の確認
・歩行状態およびADLの評価
・訪問看護、介護サービスとの情報共有
・長女への病状説明と相談体制の整備
・経済的不安を踏まえた公的制度利用の検討
医療処置
該当なし
支援のポイント
・「受診したくない」という言葉だけで医療拒否と判断せず、通院負担、費用、家族への遠慮など背景を具体的に確認する
・交通費や医療費が受診の障壁となっている場合は、利用可能な公的制度や助成制度を確認する
・外来へ行けるかだけでなく、受診によってどの程度身体的負担が生じているかを評価する
・家族が協力的でも、就労や居住状況を踏まえて実際に対応できる範囲を確認する
・独居患者では、食事、水分、服薬など生活状況まで含めて慢性疾患の悪化要因を把握する
・ケアマネジャーのみで受診調整や医療的判断を抱え込まず、訪問診療や訪問看護と課題を共有する
・本人の「家族に迷惑をかけたくない」という価値観を尊重しながら、負担を減らして医療を継続できる方法を提案する
考察
本症例は、心不全や慢性腎臓病という医療的課題だけでなく、身体的な通院負担、家族の支援可能性、経済的不安が重なったことで、必要な医療から遠ざかりつつあった事例である。
高齢者が受診をためらう場合、それを単純な「受診拒否」として捉えると、本来解決可能な課題を見落とす可能性がある。本症例では、病院まで移動する身体的負担、家族へ付き添いを依頼することへの遠慮、交通費や医療費への不安がそれぞれ受診の障壁となっていた。
訪問診療を導入することで、通院という障壁を取り除くとともに、実際の生活環境の中で心不全症状、食事、水分、服薬などを把握できるようになった。また、経済的な問題についても医療とは別の問題として切り離さず、療養生活を継続するための課題として関係者が共有したことが重要であった。
ケアマネジャーにとっては、「どうすれば本人を病院へ連れて行けるか」だけを考えるのではなく、「なぜ医療につながれないのか」を整理し、本人の生活の場へ医療を届ける方法も含めて検討する視点が重要である。身体、家族、経済といった複数の課題が重なるケースほど、多職種で役割を分担し、本人が無理なく医療を継続できる方法を一緒に構築する必要がある。
付記情報
・診療科:内科、循環器内科
・病態・症状:心不全、その他
・世帯構成:独居