在宅医療の事例紹介(個人宅)2026/06/22
進行性消化器がん患者に対し、心理的葛藤に寄り添いながら在宅療養移行を支えた訪問診療導入事例
要点サマリー
進行性消化器がんにより食事摂取量低下、腹痛、吐き気を認め、入退院を繰り返していた男性に対し、訪問診療を導入した事例である。本人は治療継続への思いを持ちながらも、自宅で過ごしたい希望も抱えており、在宅移行に対して心理的葛藤が大きかった。在宅医療では疼痛コントロール、補液管理、症状緩和を行いながら、本人と家族の不安に寄り添い、生活を支える医療として在宅療養継続を支援した。ケアマネジャーにとっては、進行がん患者支援では医療的課題だけでなく、本人と家族の気持ちの揺れに伴走しながら多機関連携を進める視点が重要となる症例である。
基本情報
年齢・性別:68歳・男性
居住地:名古屋市中川区
世帯構成:夫婦のみ
キーパーソン:妻(同居)
保険・福祉情報
医療保険:生活保護(医療扶助)
介護保険:申請中
診断名
・進行性消化器がん
導入の背景
本人は長年トラック運転手として勤務していたが、数か月前より食欲低下、体重減少、腹部違和感を自覚していた。精査の結果、進行性の消化器がんが判明し、発見時には周辺臓器への浸潤を認め、根治的手術は困難と判断された。
本人は当初、治療で何とかなるなら最後まで頑張りたいという思いが強く、積極的治療も検討された。しかし病状進行に伴い、食事摂取量は著しく低下し、吐き気や腹痛も増悪して入退院を繰り返すようになった。病院からは緩和中心の治療への移行が提案されたが、本人は本当にもう治療はないのかと何度も確認するなど、なかなか受け入れられない状況であった。
一方で妻は、衰弱していく夫の姿を目の当たりにしながらも、病院へ連れて行く体力もなくなってきたこと、自宅で過ごしたいと言われたら応えたいことの間で揺れていた。退院前カンファレンスでは、今後の急変対応、妻の介護負担、点滴管理や疼痛コントロール、生活保護受給中であることによる制度調整などが課題として共有され、訪問診療導入に至った。
介入内容と経過
退院前に相談員が本人、妻と面談を行った。本人は家には帰りたいが、もし治療の可能性があるなら続けたいと複雑な心境を語っていた。そのため、訪問診療導入に際しては、治療を諦めるためではなく、自宅で安心して生活するための医療であることを丁寧に説明した。また、病院との関係が完全に切れることへの不安にも配慮し、必要時には基幹病院と連携を継続することも共有した。
退院後は月2回の定期訪問を開始し、オピオイドによる疼痛コントロールを行いながら、訪問看護と連携して補液管理を実施した。診療ごとにケアマネジャーへ診療レポートを共有し、病状変化や家族の介護状況を多職種で把握できる体制を整えた。生活保護担当ケースワーカーとも情報共有を行い、制度面を含めた支援体制を調整した。
当初は病状に関する話題を避ける様子もあったが、訪問を重ねる中で少しずつ自身の思いを語るようになり、家で過ごせているだけで十分だなと話す場面もみられるようになった。
医療対応の詳細
主病
進行性消化器がん
対応内容
・オピオイドによる疼痛コントロール
・補液管理
・吐き気や腹痛などの症状緩和
・病状変化の継続的評価
・本人および家族への病状説明と心理的支援
・基幹病院との必要時連携
医療処置
・オピオイド管理
・補液管理
支援のポイント
・訪問診療を、治療を諦める医療ではなく生活を支える医療として説明する
・本人が治療継続への思いを持っている段階でも、その気持ちを否定せず在宅移行を支援する
・妻の精神的、身体的負担を早期から把握し、支援導線に組み込む
・生活保護受給中であることを踏まえ、医療、介護、福祉事務所との連携を密に行う
・症状緩和だけでなく、継続的な対話を通じて本人の意思決定を支える
・急変時対応や在宅看取りを見据えた体制を、早い段階から整理する
考察
進行がん患者の在宅移行支援では、医療的課題のみでなく、本人と家族の心理的葛藤への支援が重要である。特に比較的若年の患者では、まだ治療できるのではないかという思いと、自宅で過ごしたいという思いの間で揺れ動くことが少なくない。
本事例では、訪問診療を単なる終末期医療としてではなく、生活を支える医療として位置づけたことで、本人、家族ともに安心して在宅療養へ移行することができた。また、補液管理や疼痛コントロールだけでなく、継続的な対話を通じて本人の意思決定を支援できたことが、在宅療養継続の大きな要因となった。
付記情報
・診療科:内科、緩和ケア科
・病態・症状:がん
・世帯構成:夫婦のみ