コラム2019/06/13
空き家を活用することは、死に場所難民の救世主となりえるか?~神戸市須磨区の事例から考える~
空き家を活用することは、死に場所難民の救世主となりえるか?~神戸市須磨区の事例から考える~
神戸市須磨区で余命が短い患者らに最期の場所を提供する施設「看取(みと)りの家」の事業者が、須磨ニュータウンの一角で空き家を購入し、株式会社を設立しました。
余命宣告を受けた患者5人ほどとその家族を受け入れ、利用者が望むサービスを介護・医療保険を利用せずに提供する計画でした。
しかしながら、自治会関係者へ事業概要を伝えると、住民側は「日常的に死を目にしたくない」などと反対の意思を表明。「看取りの家はいらない」、「断固反対」などと記したチラシを周辺の家に張り出すなど、反対運動を展開し、事業者は5月に開設を断念しました。
現在、チラシなどは撤去されており、近くの住民から「やっと穏やかに暮らせる」、「ほっとした」、「やっぱり住宅地で開設するべきではない」との反対していた住民から安堵の声があがりました。
一方、「必要な施設だが離れた場所につくってほしい。見える範囲でなければあってもいいというのが正直なところ」、「亡くなっていく人のお世話は大事な仕事。でも暮らしの中に入ってこられると嫌なもの」、との複雑な心境を吐露する声もありました。
この事例は日本の課題である 空き家問題 死に場所難民 を結びつけて解決する一石二鳥のアイデアとして、日本の課題を捉えた着想だと思います。
しかしながら、この事例が頓挫した原因には、「事業者と住民がまちの将来について話し合う機会が持てなかったこと」、「思いやりが希薄な現代社会の一端」と指摘する声もあります。
「多死社会」が迫る中、平穏な最期をどう描き、それを周囲はどう支援するべきか。
法律・住宅・住環境のハード面のみならず、地域の方々の理解というソフト面の両面から、コミュニティを育成していく必要があるのではないでしょうか。