在宅医療の事例紹介(個人宅)2026/08/18
老健退所後の病状悪化を見据え、進行前立腺がん患者に早期から訪問診療を導入した事例
要点サマリー
多発骨転移を伴う前立腺がんと胸椎圧迫骨折を有する81歳男性に対し、介護老人保健施設からの退所を契機として訪問診療を導入した事例である。リハビリテーションにより歩行器での移動が可能となっていたものの、骨転移による疼痛の変動が大きく、妻にも認知機能低下があることから、在宅生活を安定して継続するための医療体制が必要であった。訪問診療では疼痛や全身状態を継続的に評価し、疼痛増悪時にはオピオイドを調整することで自宅での症状緩和につなげた。ケアマネジャーにとっては、退所時点のADLだけで支援量を判断せず、疾患の進行性や家族の実際の介護力を踏まえて、今後の状態変化に備えた医療体制を早期に整えることが重要となる症例である。
基本情報
年齢・性別:81歳・男性
居住地:名古屋市天白区
世帯構成:夫婦のみ
キーパーソン:長女(別居・名古屋市緑区在住)
保険・福祉情報
医療保険:後期高齢者医療保険1割
介護保険:要介護3
その他:身体障害者手帳、福祉給付金資格者証あり
診断名
・前立腺がん
・多発骨転移
・骨盤内リンパ節転移
・胸椎圧迫骨折
・高血圧症
・糖尿病
導入の背景
高血圧症や糖尿病の治療を受けながら自立した生活を送り、家庭菜園を楽しむなど活動的に過ごしていたが、前立腺がんと診断され、内分泌療法を継続していた。
その後、多発骨転移と骨盤内リンパ節転移が判明し、疼痛が徐々に増悪した。自宅内での転倒により胸椎圧迫骨折を受傷し、入院治療を経て介護老人保健施設へ入所した。
施設でのリハビリテーションによって、歩行器を使用すれば室内移動が可能な状態まで身体機能は改善し、自宅へ戻ることとなった。
しかし、退所時点で歩行が可能であっても、長距離移動は困難であり、骨転移による疼痛の程度によって活動量にも大きな差があった。また、同居する妻にも軽度の認知機能低下があり、服薬管理を含めた日常的な支援を十分に担うことは難しかった。
別居する長女が定期的に支援していたものの、就労との両立による負担も増していた。本人は外来通院中心の生活へ戻ることを希望せず、可能な限り自宅で生活を継続したいとの意向を示していた。
このため、退所直後のADLだけで支援量を減らすのではなく、進行がんによる今後の病状変化を見据え、疼痛管理と通院負担軽減を目的として訪問診療を導入した。
介入内容と経過
訪問診療開始後は、疼痛の程度、歩行状態、活動量、食事摂取状況、全身状態などを定期的に確認した。
歩行器による移動は可能であったものの、骨転移による疼痛には日による変動があり、疼痛が強い日は活動量も大きく低下していた。このため、現在できている動作だけでなく、疼痛によって生活機能がどの程度変化しているかを継続的に評価した。
疼痛が増悪した際にはオピオイドを調整し、外来受診を行うことなく自宅で症状緩和を図った。また、訪問看護やリハビリテーションと情報共有し、転倒予防や身体機能の維持にも取り組んだ。
同居する妻だけでは病状変化や服薬状況の把握が難しい可能性があるため、長女とも情報を共有しながら支援体制を整えた。
本人にとっては疼痛が強くなった場合にも自宅から医療へ相談できることが安心感につながり、長女にとっても病状変化の判断を家族だけで抱え込まずに済む体制となった。現在も訪問看護やリハビリテーションと連携しながら在宅生活を継続している。
医療対応の詳細
主病
前立腺がん(多発骨転移・骨盤内リンパ節転移)
対応内容
・骨転移に伴う疼痛の継続的な評価
・オピオイドを含む疼痛治療の調整
・歩行状態およびADLの評価
・食事摂取量、栄養状態、全身状態の確認
・転倒リスクの評価
・訪問看護、リハビリテーションとの情報共有
・妻の認知機能低下を踏まえた服薬管理状況の確認
・長女への病状説明および情報共有
・今後の病状変化を見据えた在宅療養体制の調整
医療処置
・オピオイドによる疼痛管理
支援のポイント
・退所時に歩行可能であっても、進行性疾患では今後の病状変化を見据えて支援量を検討する
・ADLの一時点だけでなく、疼痛や体調による日々の変動を把握する
・同居する配偶者に認知機能低下がある場合は、家族がいることだけで介護力を判断しない
・退所後に外来通院が再び大きな負担とならないよう、早期から訪問診療を検討する
・疼痛増悪時に自宅で速やかに治療調整できる体制を整える
・訪問診療、訪問看護、リハビリテーションで状態変化を共有し、支援内容を随時見直す
・別居家族が病状判断を一人で抱え込まないよう、医療へ相談できる経路を明確にする
考察
本症例は、リハビリテーションによってADLが改善し自宅退所が可能となった一方、進行前立腺がんによる今後の病状悪化を見据えた支援が必要であった事例である。
施設退所時に歩行が可能であることは、必ずしも在宅生活が安定したことを意味しない。特に骨転移を伴うがん患者では、疼痛の増悪によって短期間で活動性が低下する可能性があり、現在のADLだけでサービスや医療介入の必要性を判断することには注意が必要である。
また、本症例では妻にも認知機能低下があり、長女が実質的な支援を担っていた。家族構成だけを見ると夫婦世帯であり、近隣に長女もいるが、実際の介護力を確認すると家族のみで今後の状態変化に対応することには負担が大きい状況であった。
ケアマネジャーにとっては、退院や施設退所を支援の終了地点と捉えるのではなく、その後に予測される病状変化と家族介護力を踏まえ、新しい在宅生活をどのように支えるかを検討することが重要である。特に進行性疾患では、「今できていること」だけでなく「これから起こり得ること」を見据えて医療と介護を準備する視点が求められる。
付記情報
・診療科:内科、泌尿器科、緩和ケア科
・病態・症状:がん
・世帯構成:夫婦のみ