在宅医療の事例紹介(個人宅)2025/12/23
膵頭部癌(BSC方針)に対し訪問診療で症状緩和を行い在宅療養を支えた事例
要点サマリー
膵頭部癌に対し、手術・化学療法を行わないBSC(Best Supportive Care)方針を選択した70歳男性。胆管・胃十二指腸ステント留置後も全身状態の低下が進行し、外来通院が困難となったため訪問診療を導入した。オピオイドや点滴による症状緩和を中心に、本人・妻の意向を尊重した在宅療養を支援した事例である。
基本情報
年齢・性別:70歳・男性
居住地:名古屋市千種区
家族構成:本人・妻の二人暮らし(キーパーソン:妻)
保険・福祉情報
医療保険:生活保護
介護保険:申請中
診断名
膵頭部癌
十二指腸潰瘍
十二指腸閉塞(膵癌浸潤による)
導入の背景
2021年12月、白色便・肝機能障害・黄疸を主訴にA病院消化器内科を受診。精査の結果、膵頭部癌による閉塞性黄疸が疑われ、横行結腸間膜への浸潤も示唆された。同月、胆管ステント(SEMS)を留置。
治療方針について本人・妻と協議した結果、手術や化学療法は希望せず、BSC方針を選択。2021年12月下旬に退院し、緩和的外来フォローとなった。
2022年3月初旬、嘔吐・食欲不振を認めA病院へ救急搬送。膵頭部癌の十二指腸浸潤による十二指腸閉塞が疑われ、同月下旬に胃十二指腸ステントを留置。食事摂取が可能となり一旦退院した。
その後、自宅療養中に膵癌による全身状態の悪化が進行し、症状コントロール目的で再入院。退院後は自宅での療養を強く希望されたが、外来通院は困難な状況であったため、当院訪問診療を導入する運びとなった。
介入内容と経過
訪問診療開始後は、疼痛や全身倦怠感、食欲低下といった症状に対し、在宅での緩和的対応を中心に介入を行った。オピオイドを用いた疼痛管理および点滴による支持療法を継続し、症状の変化に応じて調整を実施。
本人は「できるだけ自宅で過ごしたい」という意向を一貫して示しており、妻も在宅療養を支える姿勢を明確にしていたため、通院に代わる医療提供体制として訪問診療が機能した。
医療対応の詳細
主病:膵頭部癌(BSC方針)
病態:十二指腸浸潤による十二指腸閉塞
医療処置:
・胆管ステント留置(2021年12月)
・胃十二指腸ステント留置(2022年3月)
・オピオイドによる疼痛管理
・点滴による支持療法
治療は延命を目的とせず、苦痛緩和と生活の質の維持を最優先とした。
支援のポイント
積極的治療を行わない方針の明確化
本人・妻の意向を踏まえ、BSC方針を一貫して共有し、医療的判断に迷いが生じにくい支援体制を構築した。
外来通院困難例への在宅移行
症状悪化により通院が困難となった段階で訪問診療を導入し、療養の場を自宅へ円滑に移行した。
症状緩和に特化した医療介入
検査や治療を最小限にとどめ、疼痛・消化管症状など日常生活に直結する苦痛の軽減を重視した。
考察
本症例は、膵頭部癌に対してBSC方針を選択した患者において、訪問診療が「治療の代替」ではなく「生活を支える医療」として機能した事例である。
積極的治療を行わない選択は、医療の後退ではなく、本人の価値観を尊重した医療の再設計である。在宅医療が介入することで、通院負担を取り除き、症状緩和に集中した関わりが可能となった。
がん終末期における訪問診療は、治療の有無にかかわらず、本人と家族が「自宅で過ごす」という選択を現実的なものにする重要な役割を担っている。
付記情報
診療科:内科、緩和ケア科
病態・症状:がん
世帯構成:夫婦のみ