在宅医療の事例紹介(個人宅)2025/12/17
外陰がん再発に対し無治療方針で在宅緩和ケアを行った高齢女性の事例
要点サマリー
外陰がんの局所再発と転移が疑われる終末期において、積極的治療を行わず、疼痛緩和と生活支援を目的とした訪問診療を導入した事例である。病状の詳細告知は行わず、本人と家族の「自宅で穏やかに過ごしたい」という意向を軸に、医療的処置を伴わない在宅緩和ケアを実践した。医療行為を行わない状況下においても、訪問診療が安心と支援の基盤となった。
基本情報
年齢・性別:93歳女性
居住地:名古屋市西区
家族構成:長男夫婦と同居(キーパーソン:長男の妻)
保険・福祉情報
医療保険:後期高齢者医療保険(1割負担)
介護保険:要介護認定あり(1割負担)
診断名
外陰がん(局所再発)
鼠径リンパ節転移疑い
肝転移疑い
高血圧症
骨粗鬆症
導入の背景
数年前より外陰部に腫瘤を認め、近隣医療機関にて外陰がんと診断され、局所切除による治療を受けていた。
その後の経過観察中に再発が確認され、腫瘍は徐々に増大し、下部尿道や肛門周囲への圧排を伴う状態となった。左鼠径リンパ節および肝への転移も疑われ、病状は進行期にあると判断された。
病院では放射線治療の選択肢も提示されたが、本人の年齢や全身状態、家族の意向を踏まえ、「これ以上の積極的治療は行わず、自宅で穏やかに過ごす」方針が選択された。
また、認知機能の低下も認められていたため、本人には病状の詳細な説明は行わず、疼痛緩和と生活の安定を目的として訪問診療が導入された。
介入内容と経過
在宅療養開始後は、医療的処置は行わず、本人の表情や呼吸状態、食事量の変化などを中心に観察を行った。診察時には対話を重視し、日常生活のなかでの苦痛や不安を最小限に抑えることを目的とした関わりを継続した。
生活環境を整えながら、過度な医療介入は避け、本人が自宅で落ち着いて過ごせる時間を維持することに重点を置いた。
キーパーソンである長男の妻は介護経験がなく、不安を抱えながらも「自宅で看取りたい」という意志を持っており、訪問診療チームと相談を重ねながら在宅療養を支え続けた。
医療対応の詳細
本事例では、医療的処置や侵襲的な介入は行っていない。
病状説明も最小限とし、疼痛や不快感が生じた際には速やかに対応できる体制を整えた。
訪問診療では、症状の変化に対する観察、生活支援、ご家族への助言を中心とした関わりを行い、終末期における安心感の確保を重視した。
支援のポイント
本人および家族の希望を明確にし、それを医療方針の中心に据えたことが支援の基盤となった。
積極的治療を行わない選択に対しても、訪問診療が定期的に関与することで、家族の不安軽減と在宅療養の継続が可能となった。
また、介護初心者である家族に対し、状況を整理しながら丁寧に説明を行うことで、無理のない在宅介護体制を構築できた点も重要であった。
考察
本事例は、終末期において医療的処置を行わない場合であっても、訪問診療が果たす役割は大きいことを示している。
治療を行わないことは「医療をやめる」ことではなく、「寄り添い続ける医療」への移行である。
本人の「自宅で過ごしたい」という希望と、家族がそれを支えられる現実的な支援体制を両立させることが、在宅緩和ケアにおいて最も重要である。本症例は、その実践例の一つといえる。
付記情報
診療科:内科、緩和ケア科、その他
病態・症状:がん、その他
世帯構成:親子