コラム2025/11/27
甲状腺疾患と高齢者ケア~甲状腺機能低下症・亢進症の見逃しを防ぐ~
甲状腺は「代謝の司令塔」とも呼ばれ、体温調節・心臓の働き・腸の動き・メンタルの安定・皮膚や髪の健康など、多岐にわたる身体機能をコントロールする臓器です。
甲状腺ホルモンの分泌が低下しても、逆に過剰でも、全身に影響が生じるため、在宅や施設で支援を行う介護・医療職にとって重要な疾患の一つです。特に高齢者では「典型的な症状が現れにくく、気づきにくい」ことが大きな特徴で、日常の観察が診断のきっかけになることも珍しくありません。
甲状腺機能低下症 ― 症状が“老化”と混同されやすい疾患
甲状腺機能低下症は、甲状腺ホルモンの働きが不足することで代謝が低下し、全身の活動性が落ちる病態です。代表的な症状は以下の通りです。
- 疲れやすい、動作がゆっくりになる
- むくみ(特に顔・手足)
- 寒がりになる
- 体重増加
- 皮膚の乾燥、髪や眉が薄くなる
- 便秘の増悪
- 声がかすれる
さらに、高齢者では次のような“非典型的症状”が出現しやすいことが重要です。
- 認知症様の症状(物忘れ・抑うつ・無関心)
- 食欲低下、元気がない
- 転倒の増加、歩行速度の低下
これらは一般的な加齢変化と似ているため、家族も介護者も気づきにくい点が問題とされています。
また、自覚症状が乏しいまま最初に見つかる異常として**コレステロール高値(LDL上昇)**があります。これは代謝低下による特徴的な変化で、治療開始の重要なサインとなります。
主な原因と高齢者に多いタイプ
最も多い原因は自己免疫疾患の**慢性甲状腺炎(橋本病)**です。中年以降の女性に多く、甲状腺が腫大することもあります。
海藻を多く摂取する地域では、ヨードの過剰摂取が原因となるケースもあります。昆布やワカメなどの大量摂取が長期間続くと、甲状腺ホルモンの産生が抑制されることがあります。
また、高齢者では明確な原因がなくても「年齢に伴う甲状腺機能の低下」が徐々に進行することもあり、早期発見には定期的な検査が重要です。
診断と治療
診断は以下を測定して行います。
- TSH(甲状腺刺激ホルモン)
- FT4(遊離サイロキシン)
TSH上昇+FT4低下が典型的な所見です。
治療は**甲状腺ホルモン補充療法(レボチロキシン)**が中心で、少量から開始し、過量投与による心不全や不整脈を避けるため、特に高齢者では慎重な調整が必要です。
甲状腺機能亢進症 ― 高齢者では“静かなバセドウ病”に注意
甲状腺ホルモンが過剰になる状態が甲状腺機能亢進症で、最も代表的なのがバセドウ病です。
若年者では、
- 眼球突出
- 甲状腺腫
- 頻脈
という典型的な「3大症状」がみられます。
しかし高齢者のバセドウ病は、これらの症状が目立たず、以下のように“静かに進行する”特徴があります。
高齢者に多い非典型症状
- 急激な体重減少(食べているのにやせる)
- 脱力感、筋力低下
- 手のふるえ(振戦)
- 不眠・イライラ
- 下痢
- 軽度の微熱
- 動悸がないのに心房細動や心不全が先に見つかる
甲状腺ホルモンの過剰は心臓に大きな負荷をかけるため、高齢者では「不整脈→検査でバセドウ病が発覚」という流れもよくあります。
なぜ見逃されるのか?
高齢者は代謝が若年者より低く、症状が軽く見えるため、
- “老化”
- “やせ型の体質”
- “認知機能の低下”
と誤解されやすい点が大きな要因です。
食事をしっかり摂っているのに急に体重が落ちた場合は、消化器疾患だけでなく甲状腺機能亢進症も鑑別に入れる必要があります。
診断・治療
診断はTSH低値+FT4高値で判断します。原因精査のためのTRAb(甲状腺刺激抗体)の測定も行われます。
治療は以下の3つが中心です。
- 抗甲状腺薬(チアマゾール等)
- 放射性ヨウ素治療
- 手術療法(必要に応じ)
高齢者は心機能低下を起こしやすいため、治療初期はβ遮断薬を併用し、心拍数の管理が重要となります。
介護現場での観察ポイント
甲状腺疾患は、介護職の“日々の気づき”が発見につながることが多い疾患です。
甲状腺機能低下症が疑われるサイン
- 昼間でも眠そう・動作がゆっくり
- 寒がりの訴えが増える
- 顔や手足のむくみ
- 便秘の悪化
- 表情の乏しさ、抑うつ的な様子
- 認知機能の急な低下
甲状腺機能亢進症が疑われるサイン
- 食べているのに体重が減る
- 手の震え
- 転倒の増加(筋力低下)
- 下痢が続く
- 不眠や落ち着きのなさ
- 脈が早い・不整脈の訴え
これらの変化があれば、医療側に早期共有することが重要です。
まとめ
甲状腺疾患は“見えにくい病気”ですが、適切に治療すれば症状は大きく改善します。
高齢者では典型的な症状が現れにくいため、介護・医療職の連携が欠かせません。
- 「いつもと違う」サインを見逃さない
- 生活の変化や体調の波を共有する
- 必要に応じて早期検査につなげる
こうした日々の積み重ねが、高齢者のQOL維持と重症化予防につながります。